求彼氏は何かを隠してる。系列下载

只今人気のシロウト娘ちゃん
只今、人気のナンパ娘ちゃん
素人個人撮影、投稿。385 - SIRO-1519
?メーカー:
?タイトル:
?公開日:?
?収録時間:58分
?シリーズ:
?ジャンル:        
?画像クリックで大きい画像見れます。
あいはこれまで、何不自由なく生きてきた。天然というか、あまり細かいことが気にならない性格のせいなのか、嫌な思いをあまりしたことがない。身長が170cmを超えた時も、友達からモデルになることを勧められ、長身にコンプレックスを感じるより前にモデルになれたことを喜んだのだった。ナンパもしょっちゅうされるので、断らない彼女はいつの間にかセフレが両手では収まらない程の人数になっていた。
画像クリックで大きい画像見れます。
特に彼氏が欲しいわけじゃないから、今はこれでいいかな、と思っている。ただ、日々に刺激がないのがあいにはどうしても耐えられない。面白そうなことには首を突っ込まずにはいられない。今回の撮影も、なんとなく好奇心で応募してみたが、少しわがままを言って海まで連れてきてもらった。
画像クリックで大きい画像見れます。
「うみーーーー!!!」普通のラブホなんて行き飽きてるし、特にお金がほしいというのが一番の理由でもないから、楽しめるきっかけを掴んだらとことん楽しまないと損だ!とあいは思ったのだ。普段、モデルの仕事では勿論服を着ているのだが、服で隠すにはもったいない程のカラダを持っている。今回の撮影で、裸で撮られることに快感を覚えてしまいそうで、あいは期待に胸を踊らせた。
中田あい 19歳 モデル - 服で隠しておくのがもったいない程のカラダ - 無料サンプルムービー&動画詳細
?この動画の高画質完全版を単品で購入する
?月額会員になって1400人以上の激カワ!Hなシロウトちゃんの動画を見放題で見る。
?ず~っとシロウトTVに入会し続けていれば、毎月2000ポイントGETできちゃう。
「素人個人撮影、投稿。」カテゴリの最新記事
「モデル?アイドル」カテゴリの最新記事
この作品をチェックした人はこんな作品もチェックしてます{if typeof(oktext) != 'undefined'}limit && l_index==limit}
${l.lyric}
{if lines.length > limit && l_index==lines.length-1}求“彼氏は何かを隠してる 戸田柚木也编”的翻译?_百度知道
求“彼氏は何かを隠してる 戸田柚木也编”的翻译?
“彼氏は何かを隠してる 戸田柚木也编”drama的翻译
我有更好的答案
按默认排序
男朋友是什么隐藏户田柚木也编 很怪吧但的确是这样的
男朋友他隐瞒了什么
男朋友是什么隐藏户田柚木也编
好怪的翻译
但是 就 是这样翻译的
具体是什么语
我也不清楚
满意请采纳!!!!!
其他类似问题
柚木的相关知识
等待您来回答
下载知道APP
随时随地咨询
出门在外也不愁閲覧履歴機能が新しくなりました!
Twitterアカウントで登録
GoogleログインFacebookでログイン
他にも便利な機能がいっぱい!
Twitterでログイン
Googleログイン
Facebookでログイン
ブックマーク数?人気順検索1時間お試し実施中!
ウェブブラウザのJavaScript(ジャバスクリプト)の設定が無効になっています。Javascriptが無効になっていると、サイト内の一部機能がご利用いただけません。
682412400pixivへようこそお気に入りの作品はありましたか?pixivに登録するともっとたくさんの作品を見たり、投稿者の方と交流することができます。自動ログインメールアドレスで今すぐ登録(無料)新規登録
Twitterでログイン
Googleでログイン
FacebookでログインLe Pain Perdu~失われた隠し味を求めて
夕飯も終わり、就寝の時間も過ぎて人気もすっかりなくなった台所。
エレンは何をする訳でもなく、眼前で繰り広げられる魔法のような手捌きにすっかり見とれていた。
「焦げやすいから注意しろよ」
やや弱めの灯りの下、日焼けを知らぬ白くたくましい右手が小さめのフライパンを器用に操っている。その手首を捻り込んでフライパンを回せば、中にある4切れのパンがくるりと綺麗に回った。
「すっ…すげぇ!!」
「うるせぇな……」
左手に持っていたトングでパンの位置を整えながら、彼は煩わしそうに唸った。
けれども、口では何だかんだ文句を言うくせ、こうして作る手を止めないところが優しいと思う。
「……皿」
「あ、はい!」
綺麗に磨き上がっていることをしっかりと確認した皿を2枚、フライパンの横へ置いた。
すると、表面が鮮やかなきつね色に焼き上がり、甘い香りをたたえたパンの切れ端がぴったり2切れずつ皿の中に流し込まれていく。
「うまそー…食べていいですか?!」
猫舌の彼を差し置いて、エレンは湯気がわきたつ一切れをフォークで取り、思いきり口に頬張った。
舌を焼く暑さに顔をしかめたのもほんの一瞬、噛んでじわりと広がるミルクの香りとパンの芳ばしさ、そして何より、控えめながらも絶妙な匙加減の砂糖の甘さが利いた味に唸る。
「んんんん~!!うまいです!!」
「そうか」
「母さんも似たようなの作ってましたけど、全然違う!本当に美味しいです!」
あっという間に一切れを平らげてしまい、残りの一切れへ早々とフォークを伸ばす。
再びその味を噛み締めれば、柔らかな甘さが口の中一杯に広がった。なんだこれ。信じられないくらい美味い。そして、信じられないくらい幸せになる。毎日を生きることに精一杯で、ひたすらに張り詰めていた神経が一気に緩まされた気がした。
「そんなに美味いか」
「当たり前ですよ…なんですかこれ…やばい……特別なもの入れてる訳じゃないのにな…」
「普段手に入るものじゃねえと作れねぇだろうが」
感動に瞑目していた双眸を開けば、目の前で空になっていたはずの皿の上に再びに2切れのパンが乗っている。思わず傍らに立つ彼を見遣ると、その左手が彼の分に用意されていた皿をエレンの側へと押し込んでいた。
「食えよ」
「食べなくていいんですか?」
元はと言えば、二人で食べたいと言っていたのに。そう尋ねれば、彼は珍しく煮えきらない口調でいらない、と呟いた。
このままでは冷めてしまうので、エレンは遠慮なくお代わりを頂くことに決める。3切れ目もやっぱり美味しかったが、それ以上に最後の最後の一切れの味が最高だった。こんな美味しいものを食べたら、他のデザートなんて目に入らなくなってしまう。ただでさえ甘味が贅沢な食料事情だというのに、舌が無駄に肥えてしまうと、エレンは嘆息した。
自分以外にもーー例えば彼の上司とかーー、この味を知っている人はいるのだろうか。そこまで考えて、エレンの眉間に皺が寄る。
「そんなに気に入ったのかよ」
エレンの心の内の葛藤など知らぬまま、彼はどこか嬉しそうな声色でそう言った。
「貴方の作るものは何でも好きですけど、これは特別だと思います。百人食べたら百人がまた食べたいっていうと思います。でも……正直、これを他の誰かに食べられるのはあんまり嬉しくないです」
熱が逃げ、冷えきった皿の縁を撫でる彼の手を上からそっと握り、小さく力を込める。特に抵抗もなく手の中におさまったそれを優しく擦れば、彼は珍しく声をあげて笑った。
子供扱いされているようで、少しだけ苛々する。腹いせに彼の手を取り、その右の指の付け根に強く吸い付いた。赤く黒ずんだ跡をじっと黙って見下ろしていると、少し呆れたような声色で彼が口を開く。
「心配しなくても、お前以外に作る気はねぇよ」
「本当ですか」
「ああ。そもそもお前相手以外じゃ、この味は作れないからな」
その言葉に顔を上げれば、どこか意地の悪い笑みを浮かべた彼の表情が視界に飛び込んでくる。
「なにか、隠し味とかあるんですか?」
「何だと思う?当ててみろよ」
食に興味がないわけではないが、如何せんエレンは味覚の見識に関してはさっぱりだった。美味い不味いは分かっても、何故それが美味いのかと聞かれると困るタイプだ。
案の定、エレンは最後までその隠し味の名を当てることが出来なかった。
「隠し味は2つあるんだが……」
結局、泣きついたエレンに妥協した彼が教えてくれた、2つの隠し味。
それを知ってなお、エレンは彼が作る名も無きデザートが大好きになったのだった。
誰にでも、記憶に焼き付くほどに美味しかった一皿というものがあるだろう。
それを食べたときの幸福感たるや他の追随を許さない、これさえあれば日頃の悩みも疲れも暫しの間吹っ飛んでしまうーーそんな、究極の一皿。それが有名料理人の手掛けたプロの一品である人もいれば、幼い頃に親しんだ母の味という人もいるかもしれない。
エレン?イェーガーにとって、それはル?パン?ペルデュだった。人生を変えた一皿とでも言うべき運命の料理を、エレンはずっと追い求めていた。母に聞いても知らぬと言う、あの究極の一皿の味。自分の人生はあの味を見つけることに費やされても良いと思っているほどだ。
と、格好はつけてみたもののーー今のエレンにとってまず重要なことは、いかに早く鍋の汚れを効率的に落としきれるかどうかなのであった。
「おいエレン。全然なってねぇ、やりなおせ」
不機嫌さを隠しもせず、大きな鍋を容赦なく流し台へと放り込んだ血も涙もない男、名をリヴァイという。レストラン『ラ?リベルテLa Liberté』で働く厨房のキュイジニエたちをまとめるリーダー、つまりはシェフだ。見習いのエレンにとっては、師匠とも呼べる存在でもある。
「厨房は戦場だ。ちんたらしてんじゃねぇよ」
「はいっ、シェフ!」
威勢よく叫ぶと、厨房奥で話し合っていた4人のキュイジニエがこちらへと視線を向け、にっこりと微笑んだ。このレストランは、シェフのリヴァイの下に4人がついている。スー?シェフのエルド、ソーシエとパティシエを兼任するオルオ、ポワソニエとロティシエールの役割を担うグンタ、そしてトゥルナンのペトラ。各自担当はあるけれど、小規模のレストランであるため、全員が全員の持ち場を兼任することが出来る、いわば精鋭達が集まった厨房だった。
国籍も年齢もばらばらだが、こうして仕事を共にして過ごしている姿を見ると、何故だかひどく安堵する自分がいる。言い方は妙だが、“しっくりくる”のだ。エレンにとってこの厨房は自宅以上に心地よい場所で、初めは一週間も続けば良いと思っていた見習い期間も、あれよかれよという間に1ヶ月を超えてしまったのだった。
「皆、忙しいところを済まないが、ちょっと話を聞いてくれるか」
ホールへ繋がる扉を押し開けて入って来たのは、このレストランのオーナーであるエルヴィン?スミスだ。ホールで接客する時のフォーマルな黒スーツではなく、ラフなシャツとズボン姿をしているが、垢抜けた服装でもなお凛々しい。レストランの客層の7割が女性であるのも頷ける。
エルヴィンの低く落ち着いた一声に全員が手を止め、彼の回りに集まった。
「二週間後、大きな予約が入った。ピクシス氏が、知人を連れてディナーを召し上がりに来るそうだ」
その言葉に、厨房のあちらこちらから息を呑む音がする。
ドット?ピクシスといえば、今の料理界、レストラン界のドンとも評される美食評論家だ。彼の評一つでレストランが突如大繁盛なんてこともあるくらいの大物である。彼が来ることは店にとっては光栄なはずなのに、何故か皆の顔色はよくない。エレンが首をかしげていると、横にいたペトラがそっと耳打ちをした。
「ピクシスさん、オーナーがいた前のレストランを潰した人なのよ」
「予約もなしに突然現れて……お料理を酷評してね。ミシュランの星も間近だって評判のお店だったのに」
割とこの業界では有名な話なの、とペトラが付け加えたところで、エレンはこの店が間もなくミシュランの星付きになると噂高い店であったことを思い出した。かつてエルヴィンが経験した状況に酷似しているからこそ、厨房は葬式もかくやの重たい雰囲気に包まれているのだ。
「貸し切りか?」
重い沈黙を切り裂いたのは、場違いなほど冷静なリヴァイの声だ。
エレンがそちらを見遣れば、いつものように感情の読めない冷静な目がエルヴィンを射抜いている。
「いや、2席だけの予約だよ」
「つまり、通常の客に加えてあの面倒なジジイの相手もしなきゃならねぇわけか…」
「季節の変わり目だ、メニューを変えるのには良い時期だろう。リヴァイ、新しいメニューの考案を頼む」
「了解だ、エルヴィン」
二人の間で交わされたのはそれだけだ。
リヴァイは諾の返事をするや否や持ち場の方へいち早く戻ってしまい、エルヴィンもまたホールの方へとさっさと出ていってしまった。
エルヴィンとリヴァイの過去に何があったかは知らないけれど、少なくともリヴァイが確かな意志と信頼を込めた視線を送るのは、あのオーナーに対してだけであることを、エレンはよく知っていた。
「二週間後か……すぐだな」
エルドの呟きに全員が頷く。
「やれるかじゃねぇ、やるしかねぇだろ……リヴァイシェフの指揮に従ってくしかねぇよ」
「ねぇオルオ…その口調……そろそろやめない?」
「エレン、お前にも色々手伝ってもらうかもしれない。面倒見てやれなくて悪いが…」
申し訳なさそうに謝るグンタの言葉に首を振り、エレンは持ち場の洗い場へと戻った。
自分にできることはとりあえずいつもの通り雑用を必死にこなすことだ。先ほどのようにリヴァイの気を煩わせることなく、仕事をやりきることだ。
(まずはこのデカブツの汚れを駆逐してやる!)
エレンは、勢いよく両腕の袖をまくり上げ、そう息巻いた。
新米は先輩より早く厨房に入り、先輩を見送ってから帰れ。
どこの業界でも新人が目の当たりにする現実は往々にして厳しい。昔ながらの徒弟制度を踏襲するキュイニジニエの新米となれば尚更だ。
その日の夜も、エレンはキッチンに残って磨きものをしていた。静かな空間に、水音だけが響き渡る。誰もいない厨房は、嫌いではなかった。
しかし、エレンの一人の時間は荒々しく開けられた扉の音と共に終わりを告げる。誰だろうと訝しげな視線を背後に遣れば、同じように驚いた表情を浮かべたリヴァイが(これは彼にしては酷く珍しい)、扉を背に立っていた。
「まだ居たのか」
「リヴァイさん、今日は遅いんですね」
根掘り葉掘りプライベートを聞かれると酷く機嫌を悪くすると聞いていたのだが、リヴァイは大して気にも留めていないような様子で口を開く。
「例の美食評論家のために、新しいメニューを考えてたんだよ」
「決まったんですか?」
「大体な……あの男の好みは大体知ってる。ああ見えて気取り過ぎた料理は好かない男だ。昔から、上辺だけ飾ったものは嫌いだったからな。あとは美味い酒を用意しとけば問題ねぇだろ。そっちはソムリエの仕事だ」
エレンの傍らにまで近づいて来たリヴァイは、徐に手にしていたメモを眼前に突き出してきた。そこには案の定、びっしりとフルコース?ディナーのメニューが記されている。これを閉店後のたった数時間で書き上げたというのだから驚きだ。日頃の粗暴な振る舞いを見ていると忘れてしまいがちなことではあるが、リヴァイはこの街でも指折りの料理人なのだった。
エレンは夢中になって神経質に書きなぐられた文字を追う。けれども、メインディッシュを過ぎ、チーズを過ぎたところでその目の動きを止めた。メモの最下部にある奇妙な空欄に、エレンは首を傾げる。
「あれ?デザートはないんですか?」
メモから視線を上げれば、眉間に深い皺を寄せてリヴァイが唸った。
「それたけが決まらなくて、粘ってた。それ以外は今日の夕方までには大体練り上がってたんだが……肝心の最後が定まらねぇ」
フレンチのフルコースにおいて、デザートは食事の最後を飾る大事な一皿だ。ある程度の満腹感に支配され、料理に対する集中力を欠き始めているお客の意識を最後にもう一度食卓へ引き込めるかどうかは、料理人の腕次第である。
リヴァイはメモの紙をエレンの眼前から引っ込めて、厨房傍らにおかれた椅子に座り込んだ。どうやら今度はここで悩むつもりらしい。その傍らで、エレンは皿洗いの仕事を再開する。
(さっきのメニュー…どっちかっていうと素朴な感じだよな……)
最後の一皿を洗い上げて水洗器の中へと置く。重い扉を閉めて消毒の開始ボタンを押せば、晴れてエレンに課された今日の仕事は完了だ。腰に引っ掻けていたタオルで濡れた手を拭って振り返れば、椅子の上で器用に膝を抱え、ひたすらメモを見つめるリヴァイの姿が視界に飛び込んでくる。
ここまで彼が悩んでいる姿を見るのは初めてで、どこか微笑ましい姿にエレンの口角が上がった。
(デザート……)
その言葉を聞いて、エレンに思い浮かぶ料理はひとつしかない。
「Le Pain Perdu…」
突如出たその名前に、リヴァイが驚いたようにエレンの方を見る。
「ル?パン?ペルデュ……フレンチ?トーストか」
低く真摯な彼の声色にエレンの背筋がぴんと張った。
「す、すみません!あの、えっと…さすがに家庭的過ぎますよね、デザートっていうと、つい……」
ル?パン?ペルデュLe Pain Perduはこの国では良く知られた料理だ。他国ではフレンチ?トーストの名でも知られ、朝食のメニューとして並ぶこともあるようだが、この国ではデザートとして馴染みがある。前日の固くなってしまったパンの再利用先としては打って付けで、家庭だけでなくレストランでも出されることがある奥深い料理だ。とはいえ、一流の美食評論家に出すデザートとしてはあまりにシンプルすぎるし、場合によっては手抜きと誤解されかねない。
次に彼の口から出てくるのはどんな叱咤の言葉だろうーー覚悟を決めて目を瞑ったエレンの耳に飛び込んで来たのは、しかして意外な反応であった。
「好きなのか。ル?パン?ペルデュ」
「好きなのか」
予想外の問いに今度はエレンが惚ける番だった。ぼんやりとした相づちを聞いたリヴァイは、苛立ちを隠さぬ声色でもう一度同じ問いを投げかけてくる。
エレンはタオルを握りしめ、慌てて答えた。
「幼い頃から、好きでした。一番好きな料理はと聞かれたら、俺はそう答えます」
「何でだ」
「分かりません。この料理を食べるたびに、ひどく幸せな気分になるんです。でも、俺が知ってるル?パン?ペルデュの味とはどこか違っていて…それで、理想の味を追及したくてこの業界に入りました」
その言葉を聞いて、リヴァイは小さく首を傾げた。
「レストランじゃなくて菓子店に見習いに行けば良かっただろ」
「知人の紹介先がここだったので。それに、面接を受けた時、オーナーが強く誘って下さったんです」
「……なるほど。エルヴィンの野郎…」
何故か不機嫌そうな声色でオーナーの名前を呟いたリヴァイは、エレンの言葉を受けて何かを考え込んでいる様子だった。
ややあって何かを決意したように溜め息を一つ吐いた後、彼は床に落としていた視線をエレンの方へと向ける。その双眸は柔らかい光を湛えていて、常よりも真摯な瞳の色に自然とエレンの胸が締めつけられた。
「まぁ……悪くねぇな。お前、作れるのか」
「作ったことはありますけど……お店に出すようなレベルではないです」
「習ったことは?」
「ありません」
「……そうか」
リヴァイは椅子からゆっくりと立ち上がり、厨房の角にある冷蔵庫へと向かう。手際よくその手に卵と牛乳を持って戻ってきた彼は、もしかしてと期待に胸膨らませているエレンの前を通り過ぎ、すぐ近くの調理台の前へと立った。その細く骨張った人差し指をちょいちょいと振られれば、エレンは手に持っていたタオルを洗い台の隅に放り投げ、リヴァイの下へと足早に歩み寄る。
その肩が触れそうなほど近くに駆け寄るや否や、エレンは調理台の上、綺麗に腕まくりされた彼の両手の先へと視線を落とした。台の上には手際良く用意された銀色の耐熱トレイが置かれ、その傍らには先ほど彼が持ち出して来た牛乳と卵、砂糖瓶が並べられている。
エレンの期待通り、リヴァイは作り方を実演で教えてくれるらしい。このレストランに入って初めて彼の調理をすぐ近くで見られることが酷く嬉しくて、エレンは荒くなる息を必死で抑えながらその手つきを見守った。
「ル?パン?ペルデュの肝はこの卵液にあるといってもいい。この匙加減で出来の8割が左右される」
「材料は牛乳と卵と砂糖、これだけだ」
リヴァイは計量カップを取り、そこに牛乳を注ぎ込んだ。200の目盛りの所で注ぐのをやめ、そのままトレイの中へと流し込む。トレイの底がすっかり見えなくなるほど注ぎ込まれていることを確認してから、彼の手はトレイの奥に置いてあった卵へと向かう。
「エレン、そこの適当なボール取ってくれ」
差し出された彼の右手に小さめのボールを渡せば、リヴァイはそれを胸元に引き寄せる。彼がその左手に持っていた卵をその縁にぶつけて殻を割れば、中から昼下がりの太陽のような鮮やかな色をした卵黄が飛び出した。
良い卵ですね、と話しかけようと顔を上げたエレンは、彼の横顔を視界に入れたところでその口を噤む。
(相変わらず、綺麗な顔してるなぁ……)
普段は帽子で押さえ込まれている彼の前髪が俯く額にさらりと落ち、白い肌の上に柔らかな影を作り込んでいた。その奥に揺れる瞳は真摯な色を湛えて下へと落とされ、額から伸びる鼻筋は緩やかな流線型を描いて口元まで伸びている。俳優のように整った顔立ちをしている訳ではないけれど、それでもエレンは彼の横顔が大好きだった。
出来れば、その視線は下ではなく前を見据えている方が好ましい。その視線が目の前の目標を射抜いている時の横顔を傍らで見つめるのが、自分は何よりもーー。
そこまで考えたところで、エレンはふと首を傾げた。
(相変わらず、ってなんだ?)
妙な既視感を呼び起こす彼の横顔から手元へと視線を落とす。
彼は左手に泡立て器を持ち、かしゃかしゃと軽い音をたてながら卵を解いているところだった。背丈に反して大きめの手でしっかりとボールを支え、滑らかな動きで泡立て器を回している。
「このくらいでいいだろ」
そう言うと、彼は徐にボールをトレイに傾け、解いた卵を牛乳に混ぜ合わせた。
「エレン、休憩室から適当に乾いたバゲット持ってこい」
鋭い声に指示されるまま、エレンは厨房奥に併設されている休憩室へと向かう。扉脇に置かれた戸棚を開ければ、籠の中に何本かのバゲットが纏めて残っていた。匂いを嗅いで問題のないことを確認してから、それを片手に厨房へと帰る。
トレイの中の卵液をかき混ぜていたリヴァイは、エレンが戻って来たのを見て、台の引き出しから小さめのナイフを取り出した。
「さっきまでのやつに、適当に砂糖を混ぜた。後はこのパンを浸して焼いて終わりだ」
そう言いながら、彼は少し固くなったバゲットにナイフを入れ籠み、少し厚めに切り落としていく。骨張った左手が鮮やかに切り込みを入れていく仕草に見とれながら、エレンは切り終えたパンをその両手に受け止める。バゲットの両端は取り除き、4枚に切り分けた厚い切れ端がエレンの手の中一杯にたまったところで、リヴァイはナイフを台の上に置いた。
「これ、入れてって良いですか?」
「待て。プレッセも忘れるな」
プレッセpresserとはその言葉の通り、パンを“押しつぶす”ことだ。こうすると、固い皮で覆われたバゲットにも更に卵液が染み込みやすくなる。
リヴァイはエレンの掌から次々とバゲットを取り、その手でくしゃりと押しつぶした。
「残りのそれはお前がやれよ」
3枚目をプレッセして卵液に漬けたところで、リヴァイはそう言った。エレンは言われるがままに、残った1枚のパン切れを両手で思い切りプレッセする。お前の手は特別でかいと評判の両手の中にすっぽりと納まったソレが手の中でパキリと潰れる感覚に、エレンは思わず眉を寄せた。昔から何故か、こうして何かを押しつぶすという行為は好きではない。
「リヴァイさん、ここに浸していいんですよ……ね……」
彼の方を向けば、卵液に浸していた指を口に含んだまま頷く横顔が視界に飛び込んでくる。
人差し指、中指、薬指、小指と軽く口づけるように卵液を吸い取っていく仕草から目が離せない。取り損ねたのか、親指の付け根から手首へと液が伝い落ち、腕に浮かぶ筋に沿って流れていく。彼がその腕を口元に寄せ、その赤い舌がそっとそこへ寄せられたところで、エレンは慌てて視線をトレイの下へと落とし、勢い良くパン切れを卵液の中に突っ込んだ。あまりに乱暴に入れたために、凪いでいた液が音を立てて跳ね上がり、エレンの腕元を濡らす。
「おい……」
隣から掛けられた低い声に恐る恐る振り返れば、腕どころかシャツやズボンにまで飛び散った卵液を見下ろしながら、口端を引きつらせる彼の姿が視界に飛び込んでくる。
エレンの顔からざっと血の気が引いた。これはやばい。色々な意味でやばい。
「わー!すっ、すみません!」
「そのまま動くな!卵液が飛び散るだろうが阿呆!」
「すっ、すみません!」
「本当はかなり漬け込まなきゃいけねぇんだが…試食用だからな。そのトレイをレンジで一分加熱しろ。ラップはいらねぇ。それが終わったらフライパンを熱しておけ。その間に着替えてくる」
「は、はい」
苛立つ足取りで厨房を出て行った彼を見送ったところで、エレンはほっと溜め息を吐く。蹴りも包丁もとんでこなかったのは奇跡と言っていいかもしれないだろう。
加熱開始のボタンを押し、レンジの中で温められていくパンをぼんやりと眺めながら、エレンは一人呟いた。
「………えろかった」
たかがあれしきと馬鹿にしてくれるな。毎日毎日休みなしに朝から晩まで厨房に缶詰めで、とてもじゃないが浮いた話を作るような暇もない10代の青少年にとって、あの光景がどれだけ眩しく艶やかに映ることか。
先ほどから脳裏にちらつく彼の姿を払拭しようと首を振ったところで、レンジのタイマーが甲高いアラームを鳴らす。そこからトレイを取り出せば、ふんわりと柔らかい牛乳の匂いがエレンの鼻を擽った。
(……あれ?)
トレイを台に置いて、フライパンをコンロの上に置きながらエレンは小さく首を傾げた。先ほどの匂いの中に、彼が入れていた覚えのない物の匂いが混ざっている気がする。
卵液の中に指を差し入れ、先ほど彼がそうしていたように口の中へとそれを運ぶ。
(……やっぱり…)
先ほど台の上に置かれていたのは牛乳と卵と砂糖だけ。つまり、実質的な味付けは砂糖だけといっていい。しかし、エレンの目の前にある卵液の味には明らかにそれ以外の何かが含まれている。
慌てて台の上を探すも、そこには砂糖以外の調味料の瓶はない。リヴァイはエレンがバゲットを取りに厨房を離れている間に何かを入れ、すぐ元の場所に返してしまったのだろう。
(これ……なんだ…この味…凄く懐かしいけど…)
その名前が喉まで出かかっているのに、出てこないもどかしさに眉を顰める。
恐らくは果実の類ーーシロップに近いような何か。レンジに入れる前に味見をしていればもっとはっきり分かっただろうけれども、後の祭りだ。
フライパンを熱することもすっかり忘れ、ひたすら卵液の味見に翻弄されていたエレンに、背後から低い声がかかる。
「お前……さっきから何してんだ」
「ひゃ!」
「情けない声あげてんなよ……おい、フライパン熱しておけっていっただろうが」
後ろを振り向けば、黒いVネックのシャツとGパンに着替えたリヴァイが不遜な表情を浮かべて立っている。エレンが慌ててコンロに火を掛ければ、彼は呆れたように溜め息を吐きながらエレンの体を横に押し出し、フライパンの柄を握った。
十分に熱せられたことを確認したところで、リヴァイがバターをフライパンの上に落とし込む。あっという間に溶けていったバターを全体に満遍なく行き渡らせ、コンロの上にフライパンを置いた。右手で火の加減を弱め、左手に持ったトングで次々とパンをフライパンの中へ入れ籠んでいく。
「跳ねやすいからゆっくりな。さっきみたいに乱暴に突っ込んだら大惨事になるぞ」
「すみません……」
フライパンの中を眺めるリヴァイの横顔はひどく涼やかだ。
エレンはその傍らで何をする訳でもなく、眼前で繰り広げられる魔法のような手捌きに目を奪われていた。
「焦げやすいから注意しろ」
明るい灯りの下、日焼けを知らぬ白くたくましい右手が小さめのフライパンを器用に操っている。彼がその手首を捻り込んでフライパンを回せば、中にある4切れのバゲットが綺麗に回った。
「すっ…すげぇ!!」
「うるせぇな……」
左手に持っていたトングでパンの位置を整えながら、彼は煩わしそうに唸った。
先ほどから口では何だかんだ文句を言うけれど、何だかんだ言って作る手を止めないのが彼の優しいところだと思う。
「……皿」
「あ、はい!」
エレンは食器棚から適当な皿を二枚取り出し、フライパンの傍らに寄せた。
リヴァイはそれを確認してから、フライパンをひょいと持ち上げる。きつね色に表面が焼き上がり、甘い香りで包み込まれたバゲットが2切れずつ皿に置かれた。一切れの上にもう一切れを立てかけるように盛り付けられたその上に、粉砂糖が振りかけられる。
「店に出すなら、もう少し洒落た風にする必要があるが…まぁ試食用ってことで勘弁しろ」
「うまそう……食べていいですか?!」
エレンは湯気がわきたつ一切れをフォークで取り、思いきり口に頬張った。
舌を焼く熱さに顔をしかめたのもほんの一瞬、噛んでじわりと広がるミルクの香りとパンの芳ばしさ、そして何より、控えめながらも絶妙な匙加減の砂糖の甘さと、自分が与り知らぬところで加えられた何かの調味料が生んだ程よい苦みが利いた味に唸る。
「どうだ。お前の“理想の味”と比べて」
意地の悪い笑みを浮かべてそう言うリヴァイの問いに、エレンは答えを返すことが出来なかった。いや、言葉が出なかったと言った方がいい。
美味しい。たまらなく美味しいと思った。間違いなく、今までエレンが食べて来たあらゆるル?パン?ペルデュの中でーーいや、正確に言えば、かつて一度だけ味わった、自分が追い求めている理想の味に限りなく近い味だと思った。
胸に色々な感情がこみ上げて来て、熱くなっていく涙腺を必死に抑え込みながら、エレンは何とか言葉を絞り出す。
「あの…これ、卵液に何入れたんですか?」
その質問に、リヴァイは怪訝そうな表情を浮かべた。
「さっき作るところは見せただろうが」
「いや、俺が見てないところで、リヴァイさんこれに何か加えましたよね」
その言葉を聞いて、リヴァイは驚いたように目を見開く。
「なんで分かる」
「さっき見せてもらったレシピは、俺でも知ってます。でも、あれだけじゃ、こんな深みのある味になりっこありません。これは、俺が知ってるあの味です。あの理想の味に限りなく近い……だから、教えて下さい、リヴァイさん!何を入れたんですか?」
この味はエレンが再現しようとして再現出来なかった味だ。母に聞いても、誰に聞いても、この街中のレストランを回っても分からなかったあの味。
興奮のままに捲し立てたエレンを見て何を思ったかーーリヴァイは意地の悪い笑みを一層深くして、エレンの眼前に彼の分の皿を突き出した。
「キュイジニエ志望なら、隠し味くらい指摘できるようになれ。何なら、当てられるまで付き合ってやるよ」
その次の日から、リヴァイとエレンの不思議な勝負が始まった。
朝、エレンが厨房の下準備に追われている横で、リヴァイは他の料理の準備の合間を縫ってこっそりル?パン?ペルデュの準備をする。一日の業務が終わって他の店員たちが帰ってしまった後、誰もいなくなった厨房で二人の勝負が幕を開けるのだ。
「じゃあ、焼きます」
勝負を始めてからもうすぐ1週間。リヴァイ特製の卵液に浸りきったバゲットを焼くのはエレンの役割になっていた。毎日繰り返しているおかげで、焼きだけならオルオも認める腕前である。
その日も無事に4切れのル?パン?ペルデュを焼き上げたエレンは、香ばしい匂いを放つそれを2切れずつ皿に乗せた。リヴァイが傍らで出来をチェックしている間に、熱々のそれを頬張る。ここからが本番だ。
「んー……オレンジジュース…ですか?」
「違うな」
「うぁあー!」
エレンは頭を抱えて台の上に突っ伏す。
焼きがいくら上手くなっても、肝心の隠し味の方に関してはさっぱりだった。
一日につき解答権は一回。つまり、本日のエレンの勝負は一口目にしてあえなく失敗してしまったことになる。
「今日は自信があったんですけど……」
「まあ、近からずも遠からずってところだ」
「はぁ……」
溜め息を吐き、エレンはもう一口を頬張る。リヴァイが味付けするル?パン?ペルデュの味は相も変わらず最高だった。
今日も答えを当てられなかったことは悔しいが、この味を堪能出来ると思えば悪くない。エレンはふにゃりと表情を緩ませて、口いっぱいに広がる幸せな甘味を噛み締めた。
もう7日も連続で食べているが、ちっとも飽きることがない。むしろ、食べるたびに彼の味に惹かれていく。その味はエレンの舌の髄、更に言えばその味覚を感じる脳の髄までをすっかり魅了してしまっていた。シェフというのは皆、こんなに人を虜に出来る料理を作れるものなのだろうか。
「リヴァイさんって、いつから料理人目指そうと思ったんですか?」
「お前くらいの年じゃねぇか。適当にうろついてたところを、エルヴィンに捕まった」
「元ゴロツキって噂、本当なんですね。へへっ」
「何、気色悪い声出してんだよ」
「いや、なんか、リヴァイさんらしいなって思っただけです」
「……そうか」
リヴァイはどこか嬉しそうな声色でそう答える。
こうして彼と会話が出来るようになったのも、この隠し味当て勝負を始めた功名みたいなものだ。彼のル?パン?ペルデュを食べるたび、彼と様々な話をし、彼の色々な事を知り、そうしてどんどんと距離を詰めていくうちに、エレンは彼のル?パン?ペルデュを初めて食べた気がしないという、不思議な既視感に襲われるようになっていた。
(これって、なんかの運命なんじゃないか?)
エレンは、とにもかくにも愚直な青年だった。
ル?パン?ペルデュが作りたいからとパン屋の知り合いに相談し、目の前のレストランが上手いからそこに行ってみろと言われ、そのまま修業入りしてしまうーーその猪突猛進な精神は、人間関係においてもなお、言えることなのであった。
(……どうしてリヴァイさんは、俺にだけ違うレシピを教えてくれるんだろう)
その日の夜、レストランから帰りながらふと考えーー明日にでも聞いてみようかと心に留めて、エレンは帰宅の途についたのだった。
翌日の朝、エレンは、いつもより人の少ない厨房を見て首を傾げた。
普段であれば、リヴァイが料理の下ごしらえの段取りを指示し始める頃合いなのだが、厨房には未だ彼の姿は無い。きょろきょろと所在なげに視線をさまよわせていると、その様子に気付いたエルドが歩み寄ってきた。
「シェフは、今日一日いないぞ」
「何だお前、知らなかったのか」
得意げな顔で笑うオルオの前を素通りし、エレンはその奥にある冷蔵庫へと向かう。いつもであれば、その一番上の段に彼のル?パン?ペルデュが置いてあるはずだった。
(ない……)
開けた扉の中、空っぽの空間を見てエレンはがっくりと肩を落とす。分かっていたことだけれど、今夜はエレンに隠し味を当てる機会は与えられないようだ。
視線を何気なく落とした先、ふとエレンの視界の隅にオレンジジュースのパックが飛び込んでくる。昨日はこれを答えにして、当たらずも遠からずと言われたのだったか。
(どうせなら、作ってみようかな)
ただ毎回当てずっぽうにするのではなく、比較してみるのも良いだろう。
時計を見やれば幸いにも未だ10分ほどの猶予がある。これだけあれば下ごしらえするには十分だ。
(そういえば最初から作るのは久しぶりだな……気合い入れていこう)
たかがル?パン?ペルデュ、されどル?パン?ペルデュ。
息巻いて両腕の裾をまくり上げたエレンは、牛乳、卵を冷蔵庫から取り出し、彼がいつもこっそりと下ごしらえをしている厨房の隅へと向かうのだった。
その日の夜も、厨房に残っているのはエレンが最後だった。
全ての仕事を終えてから冷蔵庫に置いておいたバゲットの入ったトレイを引っ張りだし、軽く常温へと戻している間にフライパンと皿の準備をする。この辺りもすっかり馴染んだ作業だ。
いつもの癖で4枚作ってしまったが、普段も結局は4枚食べてしまっているので(リヴァイはいつだってエレンに自分の分を渡してくれるのだ)変わりはしない。
「よし…焼くぞ」
フライパンをコンロの上に置き、火をつける。熱したところでバターを落とし、火力を中火にしてからトングでそっと1切れずつパンを並べていく。そこから芳ばしい香りが立って来たのに安堵しながら、エレンはじっくりと焼き上がりを待った。一度、二度とひっくり返し、ほどよいキツネ色に焼き上がって来たところで、不意に厨房の扉が開かれる音がする。
「エレン、まだいたのか」
ホールに出ているときのスーツもそのままに厨房へ入って来たのはエルヴィンだ。彼がこうして閉店後の遅い時間に厨房を訪れるのは珍しい。エレンが口を開けて呆然と迎えると、エルヴィンは足早に歩み寄って来て、興味深そうな顔つきでその手元を見下ろした。
「これは……フレンチ?トースト…いや、この街ではル?パン?ペルデュというのだったね、すまない。ホールに残っていたらやけに良い匂いがするのでね、つい誘われて来てしまったよ」
「勝手にすみません……」
「いや?リヴァイと毎日隠し味の当て合いをしているのだろう?知っているよ」
「リヴァイがいつも楽しそうに話をしている。今日は練習かい?」
「はい…まぁ……」
「うん、良い感じじゃないか……リヴァイがね、君の焼き加減はなかなか悪くないと言っていたよ。あの男の“悪くない”はかなり良いということなんだ。フランス語ではpas malはむしろbienだろう?まさにそれだ。彼は実にフランス的な男だよ。最初出逢った時は、まさかこんな華の都に居るとは思っていなかったのだがね……」
エレンは少しばかり驚いていた。というのも、この傍らに立つエルヴィンという男が、こんなにも饒舌な男だとは思っていなかったからだ。エレンの印象にある彼は、どちらかというと余計なお喋りは慎む男だったはずなのだが。
エレンは何故か腹の底に冷えたものが落ちるのを感じながら、心の内とは裏腹に鮮やかな色に焼き上がったル?パン?ペルデュを皿に盛る。
「よろしければ、どうぞ」
「試食させてもらえるのかい?」
ダンケ、と彼の国の言葉で感謝を口にしたエルヴィンは、優雅な手つきで皿を受け取ったかと思うと、フォークで徐にその一切れを口に運んだ。こうして自分の料理を他人に食べてもらうのは初めてであるだけに、自然とエレンの背筋も伸びる。
口の中で暫し味を堪能していたエルヴィンは、ゆっくりとそれを飲み込んだかと思うと、微笑みを浮かべながら小さく頷いた。
「なるほど。確かに良く焼き具合だ……オレンジを入れているのかな?酸味が程よくあって、美味しいな」
「ほっ、本当ですか!?」
「ただ……彼の味ではないね」
ふわりと浮上したエレンの気分は、エルヴィンのその一言で地に堕ちた。
「うん。近くて遠いといったところか……もう少しじゃないのか。一週間でこれは凄いと私は思う」
「そう…ですか……」
「そう肩を落とすな。別に今日分からなければ明日が無いという訳ではないだろう?」
エルヴィンの声色はあくまで優しい。先ほどから胸に込み上げてくる不思議な嫌悪感を追いかけながら、エレンは生返事を返す。
「エレン……君は、こんな言葉を知っているかな。『君がどんなものを食べているかを言ってみたまえ。君がどんなであるかを言ってみせよう』。かの美食家、サヴァランの言葉だよ。私はこの言葉が大好きでね…自分を規定するのが『食』でありえるなんて、何と此の世は豊かで幸せなんだろうと歓びを感じるんだ」
「君がどんなであるかを…言ってみせよう」
「そうだ。絵画のキャンパスに物語が隠されているように、どの料理にも物語が隠されている。隠し味を当てろ、とはリヴァイらしいやり方だと私は思うよ、エレン。君は見つけないといけないんだ。“失われたパンLe Pain Perdu”の中に隠し込まれている、彼の本当の想いをね」
「君には素質があるよ、エレン。私の目に狂いは無い。そして、君はリヴァイと共に、彼の下で働くべきだ。君のフル?コースを試食出来る日を私は心待ちにしているよ」
ぽん、と肩を優しく叩かれてそう言われ、エレンは引き攣った笑みを返すことしかできなかった。オーナーである彼から直々にこんな言葉を賜ることが出来るのは料理人冥利に尽きることの筈なのに、ちっとも嬉しくない。むしろ、去っていくエルヴィンの背を追いかけるエレンの脳裏には、先ほどの彼の言葉がぐるぐると渦巻いていた。
ーー彼の味ではないね。
厨房の誰もが知らないはずのリヴァイの隠し味を、何故オーナーの彼が知っているのか。更に言えば、公に明かしていない隠し味当ての勝負のことを、何故エルヴィンが知っているのか。
(そんなの……リヴァイさんが、あの人に逐一報告しているからに決まってるだろ)
エレンは緩慢な仕草で台の上に残った自分用の皿を取り、リヴァイのル?パン?ペルデュを食べて以来初めて自分だけで調理したそれを口に運んだ。程よい甘みと芳ばしさは彼のものと遜色ないものである自信があるが、やはり何かが足りない。オレンジ系列の何かであることは間違いないのだが、それ以上のことはまだ分からないままだ。
(これだって……お店に出しても悪くない味だよな)
そもそも、どうして自分は彼の隠し味をこんなにも必死になって追いかけているのだろう。ふとエレンは我に返る。考えてみれば、一般的なレシピで作ったル?パン?ペルデュの味はこれなわけで、これをしっかりと作ることが出来るのならば、このレストランで働くには十分なはずなのだ。
(そもそも、この味が俺とリヴァイさんだけのものだなんて、どうして思ってたんだろう。リヴァイさんを昔から知ってるオーナーが、知らないわけないのに……って、あれ?俺…何で落ち込んでんだ?)
自分がこんなにも落ち込んでいるのは何故か。
その理由をひたすらに追っていくうち、エレンの顔色はどんどんと真っ赤に染まり上がっていく。コンロの火はとっくのとうに消えているのに、やけに顔全体が火照ってしまってしょうがない。
(おい、ちょっと待て…俺、何考えてるんだ)
毎夜彼と遅くまで共に料理をして、共に話をしてーーもしかして、最初からル?パン?ペルデュの隠し味なんて本当はどうでも良かったんじゃないか。
だって、エレンにとって何よりも大事だったのは、彼の傍らで調理をする、あるいは彼の傍らでその手つきを眺めていることだったのだから。
(そっか、俺、リヴァイさんのことーー)
その先の答えを心の中で呟いた瞬間、エレンの手からフォークが床に落ち、空しくも甲高い音が静かな厨房に響き渡った。
美食評論家のピクシスがこのレストランを訪れる予約日まであと4日と迫ったその日の朝、リヴァイは珍しくオーナーの執務室でだらだらと時間を潰していた。質のいい四つ足の椅子を足で持ち上げ、二つ足で上手くバランスを取りながら揺らしつつ、何をするまでもなく天井を見上げ、意味も無く溜め息を吐く。
すると、それに目敏く気付いたエルヴィンが笑いを零した。
「……なんだよ」
「いや、随分と欲求不満な顔をしていると思ってね。愛しい部下のことでも、考えていたのかい?」
「……別に」
無愛想に返した相づちに、エルヴィンは先ほどよりも大きな笑い声を上げた。それがどうにも気に喰わなくて、リヴァイは椅子を床に落ち着け、膝の上に頬杖をついてエルヴィンの方を睨みやる。彼は相も変わらず机の上に視線を落としたままだけれど、その口角は明らかに上がり切っていた。
「てめぇは、良く笑うようになったな」
「そういうお前も、表情豊かになったよ。その頬杖の癖は、昔と変わらないが」
「あまり眠れていないのかい?目の下の隈が酷いよ」
胸の奥まで探り込むような瞳の強さは相も変わらずだ。
リヴァイは射抜くような彼の視線から目を反らし、床へと落とした。寝不足なのは新しいメニューのデザートが未だ固まりきらないこともあるがーーそれ以外のメニューはレシピの共有までもすませているーー、リヴァイの悩みは他にもあった。
「ここ2日ほど…エレンに振られているんだって?」
「妙な言い方はよせ」
「失敬、もう少し気の遣った言い方をすべきだったね」
ちっとも悪びれた調子のない声色に、リヴァイは深い溜め息を吐く。昔も今も、この男はいつだってリヴァイの心をかき乱してくれるのだった。
彼の言い方は少々語弊があるけれど、リヴァイがエレンに避けられているのはまぎれも無い事実だ。他店のシェフとの会合のために休みを貰った日の翌日から、エレンが自分の仕事を手際良く終わらせた後にそそくさと厨房を帰っていってしまうようになり、隠し味の当て合いはすっかりお預けとなってしまっていた。
(俺が何をしたっていうんだ)
休みを取ると前もって言わなかったのは確かに悪いと思っているが、果たしてそれが理由なのだろうか。夜だけでなく、一日通して彼から接触を避けられているような気がして、リヴァイはここ数日気が気ではなかった。
折角ここ一週間のうちに、かつての“エレン”との距離を縮められたと思っていたのに。
「折角、上手くいっていたのにね」
心の中でひっそりと考えていたことをエルヴィンに言い当てられ、リヴァイは眉間に深い皺を寄せる。
「リヴァイ、余計な口を挟むようだけれど……彼に記憶があるかどうかなんて、実際に聞いてみないと分からないだろう?意外と直接話した方が、思い出すかもしれないよ」
「覚えてねぇよ。お前、あいつが初めてここに来た時の台詞、覚えてんだろ」
ーーはじめまして、××さん。
エレンが自分の目を見ながら口にした名前が、自分の名字であると気付くのにどれだけ時間がかかったことか。それはまるでただの音韻の羅列のようにリヴァイの鼓膜を空虚に震わせ、久々の邂逅に意気揚々と浮遊していたリヴァイの気分を地の底に落としてくれたのだ。
ーール?パン?ペルデュ……
だからこそ、彼の口からその料理の名が出た時には、まさに天にも昇る気持ちだった。彼の中で失われてしまったかつての記憶の中から、他でもない、その味の記憶のピースが受け継がれていることに、涙が出そうになるくらい嬉しかった。だからこそ、色褪せきったかつての彼の記憶を蘇らせるのは、その味でなくてはならないと思ったのだ。
「これはな。俺とあいつの繋がりなんだ。繋がり、だったんだ」
「過去形にする必要はないだろう、リヴァイ。我々には時間があるんだ。前とは違うよ」
「……どうだかな。明日の行方も知れぬのは、今も昔も同じだろ」
頬杖をついた掌で額を覆い、深い深い溜め息を吐く。大切にしていたものが、手にしたと思った指の先からすり抜けていくのは、今も昔も変わらぬことだ。だらりと垂らした右手をゆっくりと持ち上げ、やけに熱く火照ったうなじを撫で上げる。寝不足のせいか、ひどく気分が悪かった。
遠くで、エルヴィンが椅子から立ち上がった音がする。近づいてくる足音をぼんやりと聞いていると、そっと頭に彼の大きな手が宛てがわれた。
「リヴァイ、そろそろ時間だ。今日も仕事を始めなくては」
「その厳しさは……相も変わらずか。エルヴィン?スミス団長」
「厨房もまた戦場だからね。今日も宜しく頼むよ、リヴァイ兵士長」
「…了解だ、エルヴィン」
ふっと笑みをこぼしてリヴァイは立ち上がり、足早に厨房へと向かった。
厨房ではすでにキュイジニエたちが手際良く下ごしらえを済ませている。さっと全体を見渡せば、厨房の奥、いつもの洗い台の辺りでこちらに背を向けて皿を洗っているエレンの姿があった。
「シェフ!ソースの味の確認をお願いします」
エレンへと向ける惚けた視線を外し、傍らに歩み寄って来たグンタの方を見遣れば、小皿の中に今日のメインディッシュにつかうソースが置かれていた。
そう、ここは厨房。ぼうっとしている暇などシェフには許されない。あの戦場と同じだ。一瞬の指示ミスが、班全体の生死を分ける。
「スプーンを貸せ」
気を取り直してグンタの作ったソースを口に運びーーリヴァイは首を傾げた。
(味が……しない?)
料理人にとって舌は最大の商売道具だ。これが鈍らになっては闘えない。ぞっとした気分になってもう一度ソースを救い、口に運ぶ。
すると、今度は確かにその味が感じられて、リヴァイはほっと肩を撫で下ろした。
「…ん、悪くない。このまま続けろ」
まるで敬礼でも取らんばかりの返答にリヴァイは苦笑を浮かべる。このレストランには奇遇にもかつてのリヴァイ班が揃ったが、かつての記憶がないにも関わらず、時たま昔の仕草をされることがあって驚かされる。
そのことはあの見習いの青年にも言えることで、おかげでリヴァイの心臓は何度も潰されかかっているのだがーー当の本人はあっけらかんとしているのだから性質が悪い。
(人の気も知らないで……クソガキが)
心の中でそう罵りながらも、リヴァイの体は自然と牛乳と卵を取り出しに冷蔵庫へと向かって行ってしまうのだった。
結果的に言えば、その日はここ一週間で最大と言えるほどの客の入りだった。あまりの盛況振りに、一度厨房が軽くショートしかけたほどだ。時々、この業界はかつでの兵団時代以上に過酷なのではないかと思う時がある。もちろん一瞬で消え去る妄言なのだけれど、思わずそう呟いてしまうほどの重労働なのだ。
エルヴィンとホールで挨拶を交わし、厨房の扉を開ければ、いつもよりも多い後片付けに追われるエレンの後ろ姿が目に留まった。
「エレン」
声をかければ、面白いほどにその体が跳ね上がる。
「お、おつかれさまです」
顔を少しだけこちらに向けた彼は、素っ気なくそう言っただけで皿洗いを再開してしまう。リヴァイの胸に、ツキリと鋭い痛みが走った。
かつてならば、彼の背中を蹴りつけて、何て態度をとってやがるとでも言えただろう。殴ろうが蹴り飛ばそうが彼の体は強靭であったし、何よりその精神が強かったからだ。
けれども、今はどうだろう。リヴァイの前に居るのは、かつて持ち得たような狂気的な強さも有していない、一人の華奢な青年だ。かつてあった絆も今は断ち切られてしまっている。リヴァイが何を言おうと、今の彼に響くものはないだろう。巨大な防音壁に阻まれているようなものだ。こちらがどんなに大声で叫ぼうと、向こうには何も伝わらない。
だからといって、リヴァイには彼に対する上手い縋り方なんて知る由もなかった。縋り付くくらいなら、離れたままで居る方が随分とマシだ。今も昔も、リヴァイの矜持の高さは変わらない。
「エレン。今日は……味を確かめる余裕は、ないか」
葛藤の内から必死で絞り出した声は、少しだけ震えていたかもしれない。それも、水音越しに聞いている彼には伝わらないほどであろう。案の定、エレンは何でもないような声色で答えを返してきた。
「すみません、今日はちょっと。時間の余裕もありませんし…リヴァイさんも疲れてるでしょうから…味見の機会は、要らないです」
要らないです。
その言葉に、リヴァイの心は図らずも揺れた。意識のどこかで、張りつめていた何かがプッツリと焼き切れたような音がする。深く考えるな、と思うも時遅し。リヴァイの気分は一気に急降下していく。それが心の底に当たって砕け散る前に、一刻も早くこの場を去らなくてはならないと思った。
「…そうか。分かった。もう、いい」
早口でそう捲し立てると、荒々しい足取りで厨房を横切る。その傍らをすり抜けざま、エレンが慌てた声を上げるのが聞こえた。
「リヴァイさん!」
皿が割れる音が遠くに聞こえる。それも咎めることもせず、リヴァイは厨房の出口の扉を開け放った。
夕方から降り始めた雨は勢いを増し、皮肉にも外は大粒の雨が滝のように降り注いでいる。それを気に留めることなく、リヴァイは外へと飛び出した。普段は車で来ているのだが、今日に限ってバスで来てしまったのだ。このままバス停まで濡れて歩くしか無い。
「リヴァイさん、待って!待って、下さい!!」
足早に進める足取りは、急に後ろから引っ張られたことでぐんと勢いを削がれ、やがて止まる。リヴァイがゆっくりと振り返れば、息を荒げてその腕をがっちりと引き止めるエレンの姿があった。ずぶ濡れじゃないか、と言おうとして、自分も同じくらい濡れていることに気付く。この大雨の中、傘も無しにいるのだから当たり前だ。
「……何だ」
早くバス停へ行かねばならないのに。不機嫌も露にそう尋ねれば、エレンは少しだけ気まずそうに視線を反らし、ややあってその双眸をリヴァイの方へと向けた。
「すみません……俺、ちょっと意地張ってました。焼きもち、妬いてたんです」
「焼きもち?」
激しい雨音に聞き間違いかと尋ね直すが、彼はその言葉に大きく頷いた。
「オーナーが、貴方の隠し味を知っているっていうから。悔しくって……それは、俺だけが知るものなのにって思ったら、なんか、ちょっと……すみません」
その言葉に、リヴァイは小さく溜め息を吐く。
「それはエルヴィンの嘘だ。お前、からかわれたな」
「えっ?」
「あのレシピはエルヴィンにも作ったことが無い。今も、昔もだ。だから、あの味を知るのはお前だけだ」
「ほ、本当ですか」
「本当だ」
その言葉に、エレンはひどく嬉しそうに笑った。その顔があまりに幸せそうなので、リヴァイは彼がうっかりかつての記憶を思い出したのではないかと疑ってしまう。
「じゃあ、明日、またル?パン?ペルデュを作ってもらっても良いですか」
「ありがとうございます!じゃあ俺、皿洗いの残り終わらせて来ちゃうんで…リヴァイさん、気をつけて帰って下さいね!」
「お前もな」
駆け足で帰っていくエレンを見送って、リヴァイは口角を上げる。独占欲の強さも執着心の深さも相も変わらずか、と心の中で一人ごちてーー久々にそんな強い感情を向けられたことが酷く嬉しい自分に気づく。
「俺も大概だな」
雨に濡れた前髪を掻き揚げ、エレンを見送っていた視線を前へと戻すと、リヴァイは先ほどよりも軽い足取りで家路を急いだのだった。
翌日、厨房はいつものように朝から大忙しだった。準備に追われるエレンがちらりと厨房の端を見遣れば、いつものようにリヴァイが部下へ指示を出している。その姿は昨夜のずぶ濡れの彼とはまるで別人のようだと思った。
彼がいつものように厨房を慌ただしく歩き回っているのを逐一追っかけていたのは、後から考えれば幸いなことだったのだろうか。
不意に、エレンが見守る視界の端で彼の小柄な体がぐらりと揺れた。
「リヴァイさん!!!」
突然大声を上げて厨房内を駆け出したエレンに、全員が怪訝そうな顔で振り返る。そうしてその視界の先、勢い良く床へと倒れ込むリヴァイと、それをかろうじて下から掬い上げたエレンの姿を見て、厨房中にどよめきが走った。
遅れて、ボールやらトレイやらまな板やら色々な器具がガラガラと壮絶な音を立てて台から零れ落ちる。
それがリヴァイに当たらないよう背中で防ぎながら、エレンは腕の中に納まっている彼の姿を見下ろしーーひゅっと息を呑んだ。
倒れる時に手に持っていた果物ナイフが滑ったのだろうか、その頬の上を横に切り傷が走っている。そこから一筋、二筋と赤い血が流れ、やがてあふれるように頬全体へとそれが染み渡っていく。
「…血……」
そういえば自分は幼い頃から血が大の苦手であったと親からよく聞かされていた。怪我でも何でも、とにかく血を見ては大泣きしたのだと。最近滅多に見ていなかった血を目当たりにして、それが他ならぬリヴァイの血であることを理解してーーエレンの頭の中は真っ白になった。
「エレン、どうしたの!?」
タオル片手に駆け寄って来たペトラの方へゆっくりと顔を向けたエレンは、極寒の地にでも居るのかと疑いたくなるほど震えが止まらない唇を必死に形作らせ、言葉を紡ぐ。
「血が……ペトラさん…兵長の血が…止まらないんです」
「え?あっ本当だわ…とりあえず休憩室に運びましょう。エレン?エレン!?」
キーンという耳鳴りと、謎の轟音が鼓膜を震わせ、意識を黒く塗りつぶしていく。ぺトラの声が徐々に遠くなっていき、代わりにどこか懐かしい声が響いてくる。
ーー兵長、血が…!
ーー俺のことは良い、今は前に進め!!
ーーでも!血が!!そのままじゃ兵長、取り返しがつかなくなりますっ
ーーてめぇの耳は腐ってんのか、俺が進めっていってんだ、進め!てめぇにはてめぇの班があるだろう!指揮を放棄するな!
ーー兵長!
ーーいけ、エレン!!
そうして自分の背中を強く押した誰かの手は、ひどく赤くなかったか。その腕は、その腹は、その首は、鮮やかな紅に塗れていなかったか。
飛行機が急降下した時に感じるような奇妙な浮遊感と共に、突然エレンの意識は現実へと還ってくる。目の前には相も変わらず血を流し、目を閉じるリヴァイの姿。
「俺が…進まなきゃ……」
「エレン?」
「兵長の分も…俺が……」
彼の背中を抑えていた右手をゆっくりと持ち上げ、その親指の付け根を唇へと運ぶ。
半ば無意識にその皮膚を噛み切ろうと顎に力を加えたところでーーその手首は何者かの強い力によって口元から引き剥がされた。
ぼんやりとその手から肘、肘から肩へと視線を上げ、その手の持ち主を見上げる。
「エレン。それは今の君には必要のないことだ」
そういって、かつてと同じ、しかして温かな色を湛えた青い双眸をこちらへ向けたエルヴィンを視界に捉えて、エレンの双眸から堰を切ったような大粒の涙がこぼれ落ちた。
その合間に、ペトラが慌てて頬にタオルを当て込み、止血をする。エルヴィンはそれを見遣りながらリヴァイの手を取り、脈を測った。
「大丈夫、ただ風邪のようだ。熱が酷いね……とりあえず休憩室までは私が運んでおこう」
「お、俺が!」
「エレン、君にはやってもらうことが出来た。皆にもだ」
エレンからリヴァイの体を引き取ったエルヴィンは、その膝裏に右腕を回し、左腕で背中を抱え込んだかと思うと、まるで綿でも持ち上げているような軽やかな仕草でリヴァイを抱き上げた。
エレンの方から向けられる痛いほどの視線はそのままに、エルヴィンは厳しい表情で全員を見渡す。
「今日の夜、急遽ピクシス氏がレストランへ来ることとなった」
その言葉に、再び厨房がどよめきに揺れる。エレンも大きく目を見開いた。
ピクシスの予約はあと3日後のはずだ。全員の頭に浮かんだ疑問を、エルヴィンはいち早く察し、答えを返す。
「かつて彼は、予約もなしに店を訪れて、一軒の店を潰した。私はそれをよく覚えている」
ペトラが前に言っていた、エルヴィンがいた前の店のことだ。
エルヴィンは胸ポケットから一枚のカードを取り出し、全員の前に広げてみせる。そこに書いてあるのは、通常とは異なるメニューのお品書きだった。
「こんなこともあろうかと、リヴァイにはあらかじめ特別メニューのレシピの共有を急かしておいた。この中で、このメニューに通じていない者は?」
厨房の全員が、その問いに首を横に振る。その目は確固たる自信に溢れていた。
しかし、その中でメニューを念入りに確認していたオルオがふと呟く。
「これ…デザートはどうなってるんだ?」
エルヴィンが手にしているカードには、メインディッシュのレシピまでしか書かれていない。この後にはまだデザートがあるはずなのに、肝心の内容が書かれていないのだ。
エルヴィンはその疑問にも冷静に答える。
「デザートは今日の朝、彼と決めてある。ル?パン?ペルデュだ。彼がこの日のために特別に味付けをした」
「オーナー……俺たちは、そのレシピを共有していません」
「君の指摘はもっともだ、エルド。しかし、この中で唯一、このレシピを踏襲している者がいる……そうだろう、エレン」
突然出た自分の名に、エレンは慌てて顔を上げた。周りを見遣れば、先輩たちが揃いも揃って怪訝な顔つきでこちらを見下ろしている。
当たり前だ、未だ見習いで味付けすら任されたことの無い新米が、何故シェフのレシピを踏襲しているのかーー普通に考えればあり得ないことだ。
けれども、エレンは惚けていた顔をきゅっと引き締め、意を決したように力強く立ち上がった。
「エレン、私は君にデザートを任せたい。どうかな?やれるか?」
その言葉を聞いて、再びエレンの脳裏に彼の声が過った。
ーーやれるかじゃねぇ、やるんだよ。
そうだ。自分はやるしかないのだ。失敗?そんなこと、やってしまってから考えれば良いことだ。
それに、今のエレンには、彼の味を再現出来る絶対的な自信があった。その双眸にかつてを思わせる狂気的なまでの強靭さを宿し、エレンはエルヴィンを半ば睨むように見上げた。
「やります。やらせてください!」
その言葉にエルヴィンは笑みを浮かべて頷くと、全員に特別メニューの調理の開始を命じた。
途端慌ただしくなる厨房で、エレンはさっそく試食用の調理に取りかかる。いつものように休憩室からバゲットを持って来て、冷蔵庫から牛乳、卵を取り出し、そのついでに砂糖瓶も引っ掴んで台の上に並べた。
ここまではいつもの通りだ。
エレンは深く息を吐いて台の上に両手を置き、目を閉じて頭を垂れる。閉じた瞼の先、黒い視界のスクリーンの上に懐かしいかつての光景を思い浮かばせた。
思い出せ、と強く念じ込む。
ーーそもそもお前相手以外じゃ、この味は作れないからな
あの時も意地悪く笑ってそう言った彼に、自分は隠し味は何なのかと尋ねたはずだ。
ーー隠し味は2つあるんだが……
ーーなんですか?
ーー本当にわかんねぇのか?
ーー分かりませんよ!だから教えてください!あっ、出来れば俺だけに!
ーーしょうがねぇな……ほら、まず一つ目はこいつだよ
ーーえっ…これって……
そう言って彼が取り出した瓶のラベルを思い出し、エレンは勢い良く顔を上げた。
「オレンジリキュール……」
その唇から、懐かしくも今ではすっかり縁遠くなってしまったかつての好物の名前が出てくる。
エレンは慌てて調味料が入った棚へと走る。扉を開ければ、真ん中の棚最前列、一番出しやすい場所にそれはぽつりと置かれていた。慌ててその瓶を取り、ラベルを確認する。他のリキュールに比べて、明らかに量が少ない。瓶を開け、匂いを嗅いで、エレンはこれに違いないと確信した。
その瞬間、再びキィンと耳鳴りがして、彼の声が聞こえてくる。
ーー酒を菓子の隠し味に使うなんて、とんでもねぇ贅沢だろう?だがな、これをすると乳臭い菓子が一気に美味くなる。
オレンジリキュールの瓶を持って調理台に戻ったエレンは、半ば取り憑かれたように下ごしらえを始めた。
料理は一つのジグゾーパズルに近い。レシピは半ばジグゾーパズルのピース一つ一つのようなものであり、積み木のようでもある。レシピの通りに手順を踏めば、最終的に料理という完成形へ到達するのだ。それは記憶の髄を辿る追懐にも近く、目的地へと達する旅路にも近い。
エレンにとって、これは彼との思い出を再構築する行為と言っても良かった。長い長い別離の間に散ってしまった彼との思い出をかき集め、一つに戻す行為。
エレンは卵を割り解き、牛乳の入ったトレイへと流し込んだ。砂糖も適宜入れ、それらが万遍なく混ざったところでリキュールの小瓶へと手を伸ばす。
ーーあんまり多過ぎても美味くねぇな。俺は大体このくらいが好みだ。
記憶の中の彼に倣い、エレンは小さじの計量スプーンいっぱいにリキュールを注ぎ込み、卵液の中へと入れた。スプーンでカラカラと卵液をかき混ぜ、良く混ざったのを確認してからその液を掌の上に乗せる。
そうして恐る恐るその液の味を舌で確認しーー口内に懐かしくいあの味が広がったことに、安堵の笑みを浮かべた。
そこにプレッセしたバゲットを浸し込み、レンジで1分ほど加熱する。後は手慣れた焼きの作業だ。
見習いとは思えぬ手つきの鮮やかさに、厨房にいた全員が目を奪われていた。彼らの熱い視線に気付きもせず、エレンは熱したフライパンの上へ適度に卵液を吸ったバゲットを置いていく。
ーー焦げやすいから注意しろよ
記憶の中の彼にそう返事をし、エレンは器用にフライパンを捻り込む。熱せられた鉄の上でくるりとパンがひっくり返ったのを見て、思わずペトラが黄色い声を上げた。
やがてその両面がキツネ色に焼き上がり、芳ばしい香りを厨房中に放ち始めた頃、エレンはそれを皿へと盛りつけた。本来なら更にトッピングが必要だが、とにもかくにもまずは肝心の味を確かめねばならない。
「エレン、出来たかな」
頃合いを見計らって厨房にやってきたエルヴィンは、エレンの傍らに置かれた皿を見て、満足そうに微笑んだ。
「団長、試食をお願い出来ますか」
「私は“オーナー”だよ、エレン」
「あっすみません、つい……」
エルヴィンは苦笑しながら、作り立てのル?パン?ペルデュを頬張る。一回、二回、三回…噛むたびに彼の笑みが深くなり、最終的にはエレンの記憶にないほどの満面の笑みを浮かべ、大きく頷いた。
「エレン、さすがだ。君ならやれると思っていた。これならいけるだろう」
「あっ…ありがとうございます!」
「トッピングと盛りつけはオルオと決めてくれ。今日の夜までにきっちりと済ませておくように!」
「はい!!」
かつての号令を思わせるエルヴィンの強い声色に、エレンは知らず知らずのうちに右手を左胸の上に当て、背筋をピンと伸ばしていた。
それを見たエルヴィンは声を出して笑いーー彼がこんな明るい笑顔を浮かべられる人なのだと、エレンは終ぞ知らなかったーー、かつてよりも随分腑抜けた仕草で敬礼を返したかと思うと、エレンの頭をぐしゃぐしゃと撫で上げる。
「君は今も昔も未来を切り開く力を持っている。昔と同様、リヴァイをよろしく頼むよ、エレン」
その言葉に、エレンは満面の笑みを浮かべながら強く強く頷いた。
真っ黒に塗り潰され、現実か夢かも分からない朧げな空間。
ふわりふわりとその中を長い間漂い続けていたリヴァイの下に、何処からか懐かしい匂いが漂ってくる。味気のない空間を一瞬にして鮮やかに彩るその香りに導かれ、ゆっくりと瞼を持ち上げたリヴァイの視界に最初に飛び込んできたのは、見慣れた休憩室の天井だった。
「リヴァイ、起きたか」
「…エルヴィン?」
やけに重い頭を横に傾ければ、椅子に座って新聞を読み込んでいたエルヴィンがこちらへと顔を向けた。
彼がここに居るということは、既にレストランは閉店した後なのだろうか。
「店は?」
「無事にすんだよ。今は閉店から1時間ほど経っている」
「そうか……ピクシスは、来たのか」
「来たよ」
その答えに、リヴァイは深い溜め息を吐く。この日のために散々準備をしていたというのに、何て様だろう。
昔も今も、肝心な時に使い物にならないという事実ばかり積み上げている自分に腹が立った。
「デザートはどうした。オルオが上手くやってくれたか?」
「いや、エレンに任せたよ」
それを聞いたリヴァイが慌てて身を起こす。その途端に体がぐらりと揺れ、慌ててエルヴィンが背中を支えた。力強い腕で寝台の上に押し込まれながら、リヴァイは憮然と呟く。
「なんでエレンに任せた……」
「彼が作れると言ったからだよ。君のル?パン?ペルデュをね」
「……嘘だろ」
「幸いながら本当だよ、リヴァイ。彼は、君を…君の記憶を、あの料理の中にしっかりと見つけたんだ」
エルヴィンはリヴァイの乱れた前髪をそっとその手で整えながら、柔らかい口調で言葉を続けた。
「私は、君のル?パン?ペルデュを何度か食べたことがあるけれど……あんな味ではなかったね」
「共有レシピの方には、隠し味は入れてなかったからな」
「そうか。ひどく美味しかったよ。私は本当の味を知らないから答え合わせのしようがないけれど…きっとあれは間違いなく、君のル?パン?ペルデュだ」
そういって、エルヴィンは徐に立ち上がり、布団をリヴァイの頭の上まで掛けた。その気遣いが今のリヴァイには有り難い。こんなに情けない顔、昔馴染みの彼には決して見られたくなかった。
「エレンを呼んでくる。しばらく安静にしていなさい」
ばたり、と布団の向こうで扉が閉められた音を聞くや否や、リヴァイの視界が大きくぶれる。胸の内にこみ上げていた熱いものが、今の今まで頑に閉じられていた堰を切って、頬から米神を伝い、勢い良く流れ落ちていった。
「……エレン」
その名を口に出来る歓びを、今ほど噛み締めたことはないだろう。何度も何度もその響きを口の中で転がして、鼓膜に遊ばせて、心の随まで響き渡らせてーーリヴァイは満足げに双眸を閉じた。
ややあって、扉が荒々しく開かれる音が布団越しに聞こえてくる。エルヴィンではない。その証拠に、それは半ば駆け足のごとき足音と共に近づいて来たかと思うと、頭の上まで掛けていた布団の上からずっしりと伸し掛かって来た。こんなことをする人間を、今も昔もリヴァイは一人しか知らない。
「…エレン」
その名を紡げば、布団の上からぎゅっと強い力で抱き締められた。無理矢理に布団を剥がない所が、かつての自分を知るエレンらしいといえばらしいだろう。
「リヴァイさん、すみません。俺、リヴァイさんの隠し味……他の人に出しちゃいました」
「隠し味、分かったのか」
「何を入れた」
「オレンジリキュールです」
その答えに、リヴァイは深い深い笑みを浮かべる。
「正解だ、ガキ。ちょっと気付くのが遅すぎるがな」
「すみません……俺どうして分からなかったんだろう。リヴァイさんはずっと覚えていてくれたのに」
「忘れたことなんか一度もねえよ。お前は薄情にも綺麗さっぱり忘れてたけどな」
「わっ忘れてなんかないです!生まれた時から、あの味が何なのか知りたくって仕方なかったんですから!」
「そのくだりはもう聞いてる。別に文句を言ってるわけじゃねぇよ」
かくいうリヴァイも最初から全てを思い出していたわけではないのだ。ただ、昔からぽっかりと胸の中に空虚感があったのは確かだ。エルヴィンと出会い、この道に入って徐々に思い出していったのだから、リヴァイも人のことは言えない。
ただ、自分を散々待たせたという罪悪感はしっかりと身に刻み込んで欲しいとは思うが。
「リヴァイさん……あの、良ければ、俺の作ったル?パン?ペルデュ、食べてもらえませんか」
「まだ残ってんのか?」
布団を鼻先まで引き下ろし、彼の真意を窺う。視界に入れたエレンの顔があまりに情けないものであったので、リヴァイはこみ上げる笑いを抑えることが出来なかった。
エレンは不満そうに口をとんがらせながらも、きちんとリヴァイ用のバゲットを残しているのだと呟く。
「外に出したのは隠し味を1つだけ入れたル?パン?ペルデュなので。リヴァイさんにはもう1つの隠し味も入れた、本当のル?パン?ペルデュを作りますよ」
「……もう1つ?」
「あれ?リヴァイさん、忘れてます?前に作ってくれた時、俺に隠し味は2つあるんだって言ってくれたじゃないですか」
リヴァイはその言葉に遠い記憶の数々を辿りーー確かにかつて自分が彼に言ってのけた発言を思い出し、慌てて布団を顔の上まで勢い良く引き上げた。
あれは駄目だ。あの発言は衝動で放ってしまったようなーーいわば若気の至りというものだ。
「あっ逃げないで下さいよ、リヴァイさん!俺がちゃんと思い出したって事、分かってもらわなきゃ!」
「分かった!分かったから!それ以上は言うな…!!」
「ちょっと…隠れないで、顔見せて下さいっ…てば!!」
想像以上に強い力でーーというより、リヴァイは自分が病人であることをすっかり失念していたーー、エレンは一気に布団を引き剥がす。こちらに背を向けて丸まっているリヴァイの体を思い切り引き寄せ、此方側へと向けさせれば、彼はさらに体を丸め、顔をその腕で隠し込んだ。隠し切れていない耳と頬の一部が酷く赤いのは、恐らく熱のせいではないだろう。
「リヴァイさん、俺に記憶戻すために、ル?パン?ペルデュのレシピを教えようとしてくれてたんですよね?」
「ということは、俺が記憶戻って、かつてのリヴァイさんとのこと、思い出して良かったってことですよね?」
「それってつまり、俺がリヴァイさんと昔みたいな関係を望んでもいいってことですよね?」
「………」
「ねぇリヴァイさん、俺、記憶が完全に戻る前から貴方のこと、好きでしたよ。記憶戻ってからは、もっと大切な人になりましたけど。倒れた時、本当どうしようかと思ったんですから……」
「…それは、悪かった」
ぽそりと呟かれた謝罪に、エレンの口角がうっすらと上がる。今も昔も無愛想な人ではあるが、自分の過ちに対して誠実なのは相も変わらずだ。
耐えきれずその腕に手を掛けてそっと引っ張れば、意外にも容易く彼の両腕が解かれた。その顔色を多く窺い込むことはせず、その額に、鼻先に、そして頬へと唇を寄せる。常より熱い体温が唇越しに伝わって来て、無性に泣きたい気持ちに駆られた。
「リヴァイさん。俺、今、リヴァイさんの隣にいられるのが、本当に嬉しいんです」
「…俺も、だ」
「そう言ってもらえて嬉しいです。とりあえず、俺のル?パン?ペルデュ食べて下さい。甘いもの食べて、元気だして。そしたら家帰って、色々話しましょう?俺、リヴァイさんに話したいことが沢山あるんです」
そう言ってにっこりと微笑んだエレンに、リヴァイもそっと口角を上げて頷いた。俺も話したいことが沢山あるんだーーそう答えを返そうと開いた唇は彼のそれによって塞がれ、言葉どころか息までも吞み込まんばかりの勢いで翻弄される。今も昔もその勢いには辟易すると溜め息を吐きながらも、彼が与えてくる息苦しさも心地良いと感じるのだから、自分も全くどうしようもない。
古びた寝台が二人分の重みに鈍い悲鳴を上げ、リヴァイの意識は心地良い温もりに再び闇の中へと落ちる。
次に彼の瞳が開かれ、見事なまでのル?パン?ペルデュをその視界に捉えるのは、もう数刻も待たぬ後のことーー。
あのピクシスが掛け値なしに誉め称えたル?パン?ペルデュの話題は、グルメに聡い街中を巡りに巡った。更に言えば、それを作った料理人が20歳にも満たないイケメン青年だというのだから、マスコミや雑誌が食いつかないわけがない。
レストランは勿論大繁盛。ル?パン?ペルデュは店の看板メニューにもなった。
後日、とある大きな料理雑誌のインタビューでル?パン?ペルデュのレシピを公開し、記者から隠し味について聞かれた時のこと。
「隠し味は2つ教わったんですけどね。1つはオレンジリキュールだったんですけど…それはもう公開してますね」
「では、もう1つは?」
エレンの答えに対して更に踏み込んだ記者からの質問に対し、
「そうですね、もう1つの隠し味は……愛情です」
爽やかな笑顔で答えたエレンの一言が、全国の雑誌読者をーー何より、かのレストランの看板シェフをーー、阿鼻叫喚の渦に巻き込んだとか、巻き込まなかったとか。
【ごちそうさまでした!】
シェア? もっと共有投稿した作品&
この作品の前後に投稿された作品|

我要回帖

更多关于 求下列函数的拉氏变换 的文章

 

随机推荐